1. ホーム
  2. プロフィール
  3. アイエスエイプランの要素
  4. 採用
  5. パートナー企業募集
  6. サイトマップ
  7. サイトの使用条件について
  8. 個人情報保護について
  9. お問い合わせ
  10. サービス
  11. CEOブログ
オフィス
  • 4F Reoma Bldg 2-10-6 MITA,
  • MINATO-KU,TOKYO,JAPAN
  • TEL: 03-6686-8977

A PARADIGM AND HISTORY OF THE PAST

70年代~80年代前半

高度成長から安定成長の時代に移り変わり60年代の10%を超える経済成長から4%程度の安定成長の軌道に乗った時代でした。ITという概念は少ない時代でしたが、制御系のシステムを中心として生産性の向上や、品質管理などがヒューマンリソースから生産ラインに依存されるようなり、ITとしてはこの必要性が見出され始めた時代であったと言えます。また、この時にはバッチやオンラインといった仕組みが発展し、データを処理するレイヤーもITの前身が担っていました。

80年代後半~90年代前半

80年代の終盤から日本はバブルと呼ばれる時代に入ります。日本の株価総額は、米国の株価総額に匹敵するまでに膨らみました。IT革命という言葉もこの時代のトレンドであったように思えます。工業社会から情報社会というパラダイムが広く周知され前途有望な産業としてIT産業が確立されていくという過程もこの時代が担っていたように思えます。これまで制御系と言われていた仕組みからPOSシステムに代表されるようなオープン系といわれるシステム形態に移行したのもこの時代の特徴的な変容ともいえます。様々なセグメントに分散されたシステムから如何に経営判断に有益な情報を判断し、柔軟に多様性の高まったコンシューマーの要求に対応するか?という事もITシステムに求められていたミッションであったと記憶しております。

90年代後半~00年代前半

バブルの崩壊と失われた10年、という言葉がよく聞かれた時代でした。企業も自らの生き残りを賭けてのリストラに奔走し、これまでの企業の歴史上最も過酷な時代だったと言えます。ITバブルや2000年問題という言葉もこの時代に生まれた言葉です。この時代は企業のリストラの流れの中でITに対する過剰な期待感への一種の需要過多が発生しました。ERP・SCM・CRMなどのパッケージが市場に次々と投入されますが投資収益率に対するコミットメントに乏しく様々な企業のITシステムへの投資が一時的に大きく膨らみ、縮小したのもこの時期だったように思えます。縮小の後には、投資自体がシビアになり、予算会議などで投資効果を予測するなど費用対効果を元に投資をするといった流れになってきました。経営の基本に立ち返り、投資と回収を明確にする事が求められるようになってきたのがこの時代の大きな特徴と言ってよいでしょう。

00年代後半~

2000年前半のIT依存過多というトレンドが終焉を迎えるという大きなインパクトから業界全体、特にインターネット分野での進化は目覚しいものを迎えました。それは情報の非対称性の解消をインターネット元年と定義することが可能だと仮定すると、インターネット上におけるコミュニケーションの非対称性の解消というポジショニングで第二創業期と定義しても差し支えないように感じています。これまでは、情報開示者と閲覧者が明確に切り分けられていましたが、その境界は融合しシステムアーキテクチャー上、コンシューマーサイドからはアクターの定義自体も意味を成さなくなったという見方も出来得ると考えます。しかし、情報開示者の明確な定義が曖昧となるトレンドの中で情報開示者であることを開示することに意味を見出すというトレンドも存在しております。更にはこれまでB2B・B2Cと明確に切り分けられていた、ITをベースとしたソリューションの融合も見て取れるようになりました。高度情報化社会という過去のメタファーは、このトレンドと照らし合わせると実は、新しい概念だったのかもしれません。また、この時代のテクノロジーの進化も特徴的であると考えます。それは、言語アーキテクチャーやプラットフォームのイノベーション的な要素を含んだ進化ではなく、既存の使い古されたテクノロジーの新しい形の実装です。つまり純粋なテクノロジーというよりも概念自体の進化だと捉えることができます。これは、先端のインターネットの果たすべく役割自体が、人との繋がりや、調整・コンセンサスなしには成り立たないという示唆でもあるように感じます。これまでのIT業界に対してのドックイヤーは見えるものに対して使われていましたが、この時期については、見えないものに対して継続して使用できるということも特徴的であると考えます。